旅の思い出というタイトルをもらうと、私は、母との最後のカンクンへの旅を嬉しさと悲しさの混じった想いで思い出す。
私は1年、母をメキシコの自宅で世話した。
母に会いにきた妹と姪と母と私の4人でのカンクンへの旅だった。
まだ少しは歩けたけれど、ほとんど普通には歩けない母を車椅子で連れ回した。
飛行機でもホテルでも、車椅子の母を連れていると、皆が、気を使ってくれた。
困った事の思い出は、
母はもう、トイレのコントロールができない状態だったので、オシメを使って
いたが、飛行機がカンクンへ到着する少し前に、トイレへ行きたいと言い出した。
もう少し我慢ができないか?と言ったができないと。
慌てて、トイレに連れて行ったが、お腹の調子が悪かったのだろう。
トイレに座る前に、大がオシメにあふれてしまっていた。
放送が着陸するから、席に戻るようにとしきりに言っていた。
あせって、きれいにして、おしめを替えさせて、冷や汗かきながら、
やっとのおもいでで母と席に戻った。
スチュワデスさんは、気づいたようだったけど、大丈夫ですか?と言っただけで、私の焦った気持ちを慰めてくれた。
妹と姪は、カンクンでツアーで、あっちこっちへ行ったが、
母と私は、カンクンのホテルの窓から、海を眺め、たまには、ビーチにでて、また海を眺めて過ごした。
車椅子では、ビーチの砂浜は動かない。
それをみた外国人の男性二人が、何処に移動したいんだ?と聞いてくれて、
二人で車椅子を持ち上げ、ビーチのやしの木の木陰に移動してくれた。
そこで、母と二人、カリベの海を眺めて過ごした。
一日は皆で、潜水艦に乗った。
潜水艦の下へ移動する時、妹が母を背負って階段を降りた。
海の底で見えるカラフルな熱帯魚や、サンゴに、
母は、「すごいね! 綺麗だね!」を連発していた。
その8ヶ月後、母は日本の病院で、末期癌で亡くなった。
癌がわかって、約一ケ月後だった。
